タイトル通り、伊藤計劃にささげる短編集……ということだが、もともとこの企画ために書かれたのではない短編や、これから出版予定の長編小説の冒頭などが混じっているというのが面白い。
しかし、特別にこのために書かれた作品ではなくても、特に“伊藤計劃以後”の若い書き手の作品には、意識的にか、無意識にか、伊藤計劃の作品から本歌取りしたようなモチーフが繰り返し現れる。
昨今では、どんなSFを書いても伊藤計劃的になってしまうというのは、伊藤計劃の先見性を讃えるべきか、伊藤計劃など所詮流れの中のひとつと見るべきか。
伊藤計劃をフラッグに掲げる問題の是非はともかくとして、現在のSFの面白いところが集積されていて、昨今まれに見る傑作短編集になっているのではないかと思った。
「公正的戦闘規範」 藤井太洋
 『虐殺器官』、『ハーモニー』への応答としてはあまりにストレートなので、パロディっぽくも見えてしまう。まさに伊藤計劃の書きそうな小説ではあるが、たぶん、伊藤計劃ならばもっとバイオ側に寄せてくるかなと思った。どちらかというとネタ的には、とても藤井太洋らしい小説と言ってもいいんじゃないかと思う。それだけ興味の重なる領域が近かったということなのだろう。兵蜂の意味は検索してちょっと笑った。
「南十字星」 柴田勝家
なんと、短編小説ではなく、次回長編の冒頭。この人はまさに「伊藤計劃以後」というべき作家だろう。伊藤計劃に出合わなければ、SFを書くどころか作家としてデビューしていなかったかもしれない。それだけに、彼にとって書くこととは伊藤計劃の後を追うことに他ならないのだろう。けれども、そこから一歩踏み出した後の、柴田勝家を早く見たい気がする。
「仮想の在処」 伏見完
たとえば、難病や障害のある姉妹を持つことに通じるものがあるかもしれない。シミュレートされた姉のために虐げられ、愛情を与えられなかったと感じる妹の告白と、その葛藤が無意味であったかのような結末に、なんとも言えないもやもやした読後感だった。『ハーモニー』に触発された百合的展開というのはわからないでもないけれど、やっぱりなんだかもやもやする。
「未明の晩餐」 吉上亮
鉄道網の敷地が社会から分断されて生まれたスラム。死刑囚を乗せた護送車がその中を永遠にひた走るという設定はビジュアル的におもしろい。味覚臭覚舌触りまで、食事の経験をシミュレートする《偽食》というアイディアもおもしろい。ただし、この作品でそれらの魅力が伝わりきるかというと、ちょっと。連作として続けると、もっと大きなテーマにぶち当たるかもしれない。
「にんげんのくに」 仁木稔
この小説内での“人間”という言葉の使い方は、“アイヌ”という言葉の使い方に近いんだろうなと、直感的に思った。南米の一種族をモデルに、未来の“人間”を夢想することにより、括弧なしの人間の本質を考えようということがテーマかな。蛮族に見える部族が、実は古代文明から退歩した姿というのはSF的には珍しくも無いネタなのだけれど、現実でもそのような話があるということは意外に思われそうだ。
「ノット・ワンダフル・ワールズ」 王城夕紀
『ハーモニー』で取り上げられ、直近だとアニメ『PSYCO-PASS』に引き継がれてきた管理社会。それを、便利な世界ではなく、選択が狭められた世界と捉える。ユートピアとディストピアの表裏一体性が可視化され、世界がひっくり返る感覚が心地よい。《調和》という言葉は『ハーモニー』を意識していることはすぐにわかるわけだが、そこにある欺瞞を直視しようとしているのか。
「フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪」 伴名練
もっとも短編集表題に近い作品。もしくは、伴名練による『屍者の帝国』の完成形。“魂”を持たない人間とは、哲学的ゾンビとはまた違った怖さを持つ。死を目前にした伊藤計劃が魂の重さを考えなかったはずはなく、その点でも、彼が魂の不在をどのように考えるのかは興味深い。そして、作品中にちりばめられた、思わせぶりというにはあまりにも直截すぎるセリフやモチーフに感傷的な気持ちを覚える。
「怠惰の大罪」 長谷敏司
キューバの麻薬帝国にもたらされたAIによって翻弄される主人公の話。半分を過ぎるまでは、SF的雰囲気はまったく無く、ビッグデータから推論を導き出すAI登場後も現実の範疇に収まる。なるほど、これも長編の冒頭か。主人公が麻薬密売人の使いっぱしりから幹部へ、さらに帝王へとのし上がっていく過程が描かれるわけだが、本当の意味での伊藤計劃的な部分や、問題意識はまだ見えていない気がする。
